毎年3月26日千葉県香取郡多古町大門の道祖神の塚で行われる「華美堂」

いつから行われているかは不明だが、明治期には行われていたという。

小学生の女児のみが参加できる。朝9時区民館に集まると、近所の神社に椿の花を取りに行く。区民館に戻ると、5・6年生は別室に籠り、神様をつくる。粘土で30センチ程の人形をつくり、箱に納める。人形の周りに椿の花を置く。この神様つくりは一切人に見られてはならないと言われている。

低学年の子どもは、短冊をつくり「天にも地にも我ひとり」と一人二枚書く。これを笹に結び付ける。

神様つくりが終わると高学年の指導でお経の練習がはじまる「何妙法蓮華経(7回繰り返し)

おんらがお釈迦様 ゆんべ団子食って むせて死んだ ちゅうだちゅうだ(7回繰り返し)」と唱える。

子どもたちの母親がお供えを作る。ご飯、てんぷら、お吸い物、漬物、サラダがつくられる(サラダは近年になってからと思われる)

練習が終わると、塚に向かって出発する。玄関から出てはならないという。また区民館に戻るまで一切の私語は禁止となる。

お供え、竹、神様、団扇太鼓、拍子木、椿の花の順で道祖神に向かう。

道祖神の塚に到着すると反時計周りに、お経を7回唱えながら廻る。

その後、整列し前の子どもからお供えのご飯、てんぷら、お吸い物、漬物、サラダの順に箸を立てる。

塚に穴を掘り(あらかじめ掘っておく)神様を穴に安置する。その上にお供えを置く。脇に椿の花二輪を置く。

全員で少しづつ土をかける。列に戻る際は後ろ向きに歩き、決して後ろを振り返ってはならないという。埋め戻した場所に竹をバッテン状に置く。最後は列をつくり区民館に戻って終了となる。

この行事は地元では「花美童」「花日堂」と表記している資料もある。柳田國男の「年中行事図説」には「花見の勧進」と記されている。また横芝光町の小田部では同様の祭祀が「花見堂」として行われていたという。市原市では「花見場」という名で似た行事があった記録もある。

参考資料 広報たこ/多古町史/光町史/年中行事図説